いや~~、芸術の秋ということで!
すなわち、映画の秋ですね! (都合よく解釈するタイプ)
進路も無事に決まったことだし、あとは卒論をきちんと無事に提出するだけなので、うまく間に映画の予定を組み込みながら、大学生活残りの半年を頑張りたいと思います!(映画はしっかり観る)
映画『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』本予告【10月4日(金)全国公開】
松重豊氏にこんなにぐっとこさせられるなんて、想像だにしてなかったです。
2周り差の夫婦のヒキタクニオ・サチ夫婦は結婚当初は子どもを作らないつもりだったけれど、ある日、サチが「ヒキタさんの子どもの顔がみてみたい、ヒキタさんの子どもに会いたい」と言い出したことから、妊活を始めるんですね。
当初はサチの排卵日に合わせるようにするタイミング法を1年近く行うも妊娠せず、病院に行って検査したところ、ヒキタさんのほうに問題があることが発覚。しかもその問題というのが……、加齢(シンプルに堪えるやつ)
ヒキタさんはその現実をなかなか受け止められないでいるも、必死に自分なりに「男の不妊問題」に立ち向かおうとして頑張りますというお話でした。あれ、私にしてはなかなかうまく、そして短くまとめられてません??(すぐ調子に乗るタイプ)
「不妊問題」「妊活」というテーマがテーマだけに、なかなか静かめなトーンの映画になるかと思ってましたが、意外や意外にもそんなことはなく、基本的に明るいトーンで、しかし時にはわりとシリアスに核心的なことを突くという展開だったと思います。
ヒキタ夫婦は人工授精を試してみても、結果的に妊娠せず、顕微授精という方法にも挑戦するんですけど、その治療をサチが病院で受けていて、それをヒキタさんが待合室で待っている時に「問題があるのは俺のほうなのに、ベッドには妻が寝かされている。健康な妻が寝かされている。」とすごく自分を責め、お医者さんに「なんでもいいから俺の精子を元気にできる治療はないのか」と悲痛な叫びをぶつけます。私は男性ではないし、不妊治療に悩んだ経験もないですが、観ていてすごくつらかったです。
名バイプレーヤーとして名高い松重豊氏だと思いますが、彼が主演を張っていても、なんら違和感を感じませんでした。むしろ、名バイプレーヤーだからこそ、より「普通の人」をして観ることができたのかもしれません。
あと、私は結構な頻度で女優さんに対してこのようなことを言っていますが…、
北川景子、美しいな!?
え!?美しいことはめっちゃ知ってたけど、こんなにきれいだったっけ??久々にこんな大画面であの美しさを凝視してびっくりしちゃったんですけど!?
この映画で思ったのは、北川景子氏の演技は特に、怒りと泣きの場面にとても迫力があるということです。
ヒキタ夫婦は人工授精で1回妊娠するんですけど、残念ながら流産してしまうんですね。ヒキタさんはすごくショックを受けていたけれど、意外や意外にもサチはそこまでショックを受けていないように見えた。そう、見えたんです…。
まぁ実際にはショックを受けてないことなんて全然なくて、ヒキタさんの腕の中で崩れ落ちながら号泣してしまうんですけど、その泣き方が、本当に彼女は「ヒキタサチ」になっていて、流産してしまったことが本当に悲しかったんだな、つらかったんだなと、観ている私までもがつらくなるようなシーンでした。
また、ヒキタさんが頑張って男の不妊治療に取り組んでいるんですけど、男の不妊治療には禁酒が推奨されているらしいんですね。そこでヒキタさんは頑張って大好きなお酒を断っていたんですけど、ある日、つい飲んでしまう。そして次の日の不妊治療に支障をきたしてしまう。そこでサチがヒキタさんに「もうやめよ。大変なことだからヒキタさんが楽しくやりたいって気持ちはわかるけどさ、こんなことなら意味ないじゃん。私だけが頑張るのがバカみたい(ニュアンス)」的な喝を入れます。その怒り方がなんだかすごく迫力があって、泣きわめくわけでも怒鳴り散らすわけでもないのに、静かな怒りを感じました。
あと、この映画ではポスターにも使われているように、桜並木が2人の大事な場面でたびたび登場します。夜桜のシーンが特にきれいだと思いました。
また、ヒキタさんは作家さんで、その担当編集者として濱田岳氏がキャスティングされてたんですが、彼がなかなかいい味を出してました(偉そうな言い方)
ヒキタさんが不妊に悩む反面、彼は奥さんとの間に次々と子どもをもうけ、挙句の果てには浮気相手まで妊娠させてしまう。比べるわけではないですが、ヒキタさんとの良い対比になっていたと思います。
私はまだ不妊に悩んだことはないし、なんか漠然と「自分は悩まないだろう」と思っていますが、仮に悩むようなことになったとしても、ヒキタさんのようにともに頑張ってくれるパートナーを見つけたいと、そう思いました。
そして公開日に観に行き、松重豊氏に惚れかけていたところに、またまたその日から始まったドラマ「孤独のグルメ season8」でひたすら深夜に飯テロ繰り広げてくる、これまた主演の松重豊氏を観て、役者・松重豊のふり幅に膝から崩れ落ちるという経験もしました(?)
映画『最高の人生の見つけ方』予告編 2019年10月11日(金)公開
観るつもりは当初なかったんですが、映画館に映画を観に行くたびにこの映画の予告編が流れて、単純接触効果なのか、気になってきたので観に行きました。
私は原作となったハリウッドの作品を観たことないんですが、どうやら名作と名高い作品のようですね。ジャック・ニコルソンは知らなかったけど、モーガン・フリーマンの時点でなんとなく名作の予感。
日本版の映画を通して思ったのは、私がハリウッドの方を観ていないので的外れになるかもしれないですが、ちょっとコンパクトにまとめすぎていたような気がしました。
吉永小百合氏と天海祐希氏が互いに余命僅かな命であること以外に共通点は特になく、平凡な主婦と大会社の社長がたまたま病院で同室になってから一緒に棺桶リスト(=バケットリスト)を一つずつこなしていくまでになるくらいの仲になるまでが早すぎな気がしました。いくら余命僅か同士でも、あんなに割と早めに打ち解けられるもんですかね?
私としては、そもそも天海祐希氏が好きなので、彼女を観ているだけで楽しいみたいなところはありましたが、吉永小百合氏のターンがひどい。彼女がひどいのではなく、彼女の役どころが(私的に)ひどかったです。彼女は専業主婦一筋でバリキャリの娘と引きこもりの息子と、退職以来家で何もしてない旦那を抱え、これでいいのかと思いつつ悶々とした日々を送ってんですね。旦那が私的にまぁ解せなかった。吉永小百合氏(=妻)が検査入院で家を空けた数日で家を取っ散らかすし、吉永小百合氏が帰ってきて、散らかり放題の家を見て呆れていると「今からやろうと思ってたんだよ」とか抜かす……。そんなの絶対やらねぇから!おれは身を持って知ってるから!「あとでやる」ほど信じられないセリフはないから!
そして自分が余命宣告を受けたのを機に、天海祐希氏とともに世界を駆け巡ってバケットリストを次々とこなしていきますが、なんとも世界を駆け巡ってるのに、さらっと流しすぎてもったいない気がしました。あと、エジプトにピラミッドを観に行った時の、そこはかとないCG合成感…。いやいいんですけどね。別にエジプトのピラミッドはどこまで重要ではないからCGでもいいけどね。
最後は天海祐希氏が先に亡くなって、死ぬ間際に出会っただけの吉永小百合氏に遺書的なものと遺産相続を行ったので、ちょっとできた展開的に感じました。これは予想できる展開だったので、私の予想もしてなかった展開を繰り広げてほしかった感ある…。
ちょっとこれは一度、原作のハリウッドのほうを観て、それでもう1度この映画を振り返りたいなと思いました。
あと、吉永小百合氏の娘役の満島ひかり氏がきれい。久々に観たけど、やっぱりきれい、知ってたけど。バリキャリとして働いていた姿がかっこよすぎるし、余命宣告を受けた吉永小百合氏に、頼りない夫と息子の代わりに家のことを託されるのが納得いかない、なぜ自分だけが家のことを面倒見なければいけないのかわからないというのが共感できすぎました。
私はジョーカーについては全く詳しくないし、観ないつもりの映画でしたが、他の映画を観に行くたびに映画館の予告編で劇団ひとり氏がこの映画について熱く語るので、ちょっと負けて観に行きました。
私はジョーカーが悪のカリスマと呼ばれていることも全く知らなかったんですが、この映画を観たら、そりゃ最初は心優しき大道芸人のピエロでも、あそこまで荒むよな、荒みたくなるよな、荒まざるを得ないよなと思いました。
まず悪ガキどもに街中でピエロの仕事を邪魔されるのも地味に腹立つし、そのことを自分のせいにされるのがさらに腹立つ。
他にもいろいろと世間の理不尽さをまざまざと見せられて、マジでアーサー(=ジョーカー)がかわいそうに感じました。
一番きつかったのは、恐らく1番の心の支えだった母親ですが、実は自分は母親の実の子どもではなく、そもそも自分は養子?で、そして幼い頃の自分は、今の病弱で優しそうな母親からは想像もできないほどに荒れていた母にネグレクトされていたことを知った時ですね。
それまではどんなに理不尽な扱いを受けても、母を養うためにぐっと耐えていたアーサーだったけど、自分と母のつながりが望んでいたもの、信じていたものではなかったために、もう自暴自棄になり、母を衝動的に殺すし、かつての職場でひどい目にあわされた元同僚のピエロを殺すしで、もう変わりようがすごかったです。シンプルに暴力シーンがあるし、割とグロい。バイオレンス。
最後の方はただのピエロから、社会の弱者の代弁者的に悪のカリスマになってしまったアーサーに注目してテレビに読んでくれた有名司会者を生放送中に撃ち殺すし、それでさらに神的に崇拝されるしって感じでした。
確かに劇団ひとり氏が言っていたみたいに「ジョーカーに感情移入してしまう自分がいて、そんな自分が怖かったりもする」し、ジョーカーもこうやって背景を知ると、もともとはただの人間だったなと思うし、そういうことなら私にも何かのきっかけでジョーカー的に自暴自棄になってしまいかねないのかもと思いました。
映画「クロール -凶暴領域-」予告編(出演:カヤ・スコデラーリオ )
はい、私の大好きなモンスターパニック映画のワニバージョンです。
私の中ではモンスターパニック映画と言えばサメだったのですが、ついにサメは飽きたのでこれからのモンスターパニック映画はワニだそうです(本作談)
この映画は確かにモンスターパニック映画ではあったけど、せっかくのワニたちが、ちょっと出オチ感がすごかったです。
めちゃめちゃ巨大なハリケーンが来て、そんな中で連絡の取れないパパの様子を見に、大学から実家に戻ったヘイリー。実家を探してもなかなか見つからないパパを探して、暗くて汚い地下室に潜る時点ですでにフラグ。絶対ここでワニに襲われるやつじゃん。
そして案の定、パパと地下室を出ようとした時に、大雨による洪水で家の地下に流れ着いたワニに遭遇するんですけど、出会った瞬間、見つけた瞬間に最大限にワニを怖く、恐ろしく映していて、マジで怖すぎてこっちの心臓が何度も止まりかけました、止まってないけど。
でも、2回くらい地下室でワニに遭遇したんですけど、出会いがしらが怖すぎて、襲われているシーンや倒しているシーンはあまり怖く感じませんでした。感覚がマヒしたんだと思います。
その後も、やっとのことで地下室から抜け出してワニに襲われなくなったのもつかの間、なぜか家の外にあったボートのほうが安全で逃げられるとか言い出して、ワニがうようよ泳いでる大雨の中にわざわざ身を投げ出すし、ワニから命からがら逃げている途中で、なぜか家族の思い出話をしだすし、もうツッコミどころが満載でした。しかし、モンスターパニック映画では、そのようなツッコんでくれと言わんばかりのシーンにはツッコまないことがお約束です。いちいちツッコんでいると話が進まないので(悟り)そのツッコミどころ満載感も含めて楽しむみたいなところがあるので(悟り②)
マジで映画が終わって映画館から家路につく途中は心臓がどきどきしてた名残で心臓が痛すぎたし、怖い映画お約束の「後ろに何か誰かいるんじゃないかと思ってたびたび振り向いてしまう症」をしばらく発症してました。
まズ聞いて。まずはこの驚愕の事実を聞いて。
この映画において何よりも強調すべき事実は、上映時間が驚異の205分。
もう1回言いますよ。上映時間、205分。
私、この上映時間知った時、リアルに2度見しましたからね。
は?205分?3時間半??どんな映画??
この映画はニューヨーク公共図書館を舞台にしたドキュメンタリーで、本当にドキュメンタリーでした(?)
私はドキュメンタリー映画が好きな方なんだと思いますが、この映画を観て、私はドキュメンタリー映画でありながらもストーリーチックにまとめられているのが好きなんだろうなと思いました。
今まで観た中で一番好きだなと思ったドキュメンタリー映画は「アース アメージング・デイ」ですかね(聞かれていない)
この「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」はナレーションが一切なく、ただ淡々と、本当に淡々過ぎるほど淡々と、ニューヨーク公共図書館で日々行われている活動を記録した映画という感じでした。
なので、いい意味で言えば本当に観る人の解釈にゆだねられているし、編集側の意図がほぼ無いんだろうなと思いました。
しかし、一方でナレーションなどの説明などが全くないので、下手したらこれは何をしている場面なのかなのが全くわからないこともあり、何が何だかわからなくなり意識が勝手にフェードアウトしてしまうという側面もあると思います。
そんな中で私はこの映画を観ながら、今まで私が図書館に抱いてきたイメージ「本を借りるところ」というのは本当に1つの役割でしかなく、図書館は私が思っている以上にたくさんの顔、役割を持っているんだなと思いました。
ニューヨーク公共図書館では家にネット環境の無い人がテクノロジーに置いていかれないための場所であろうとするし、視聴覚障がい者のために点字を教えたり手話講座的なものを開催したりするし、アメリカならではというか、移民が暮らしやすくするために様々な言語で知識を得ることができるようにもするし、映画の中で誰かが言っていた「図書館は誰でもが学べる場所、知識を得られる場所、生涯学び続けられる場所」であり続けているし、あろうと努力しているんだなと思いました。
今まで本当に私は図書館を「本を借りる場所」くらいにしか認識していなかったし、きっと私と同じように思ってる人は少なくないと思いますが、もっと図書館を本だけじゃない、知識の集まる場所としてとらえなおしていきたいと思いました。
思ったよりもコメディで、思ったよりもラブコメディでした。
大阪にこの度行く用事があったので、もはや遠出恒例の、都会でしか観られない映画を観てきました。
この映画はフランス映画で、私はフランス映画には馴染みがないためか、そもそもフランスという国自体をそう思っているのか、お高く、近づきがたい感じに思っていました。
でも、興味ある映画の中で、うまいこと大阪滞在中に観られそうな映画はこれだけだし、映画のあらすじに「ラブコメディ」って書いてあるから、ちょっとはお高くないかもしれないしってことで、意を決して(?)観にいきました。
そしてここで冒頭に戻ります。
「ラブコメディ」だとは確かに聞いていたけれども、思ったよりもコメディで、思ったよりもラブコメディでした。
こんな「ささいなウソがニセの英雄を作り出す!?爆笑必至のドタバタ☆フランス★ラブコメディ!」(私作)みたいな煽り文句がつきそうな映画だとは露ほども思ってなかったです。
まずダブル主演?の一人のエリザベットお嬢様が、妹のためとか言って割と大胆に嘘つき始めるし、そして引くに引けなくなってどんどん嘘に嘘を重ねていって、まじでこいつ誰だよ本人と全然ちげぇわレベルのものをヌヴィル大尉を作り出していく様が、もう一周回って清々しかったですね。
そしてエリザベットによって、自分とは似ても似つかないほどの英雄に仕立て上げられたヌヴィル大尉ですが、最初はエリザベットの嘘に従って姿を消そうとしたものの、急に方向転換して、自らその英雄に寄せていく様も、もう二周くらい回って見ていて清々しかったですね。あんなに堂々と嘘の武勇伝語れる人います?そのメンタルがあれば、もしかしてほんとにエリザベットお嬢様が作り出した、架空の過酷すぎる状況でも生きていけてたかもしれないね……。
そして、ラブコメの展開って、割と全世界共通認識があるんですかね?ほら、ラブコメの王道の展開って、最初はライバル的な関係で敵対してたふたりが、なんやかんやの紆余曲折を乗り越えて、最終的にははい結ばれましたー!周りの人間はそのふたりがくっつくなんて誰も思ってませんでしたー!観客はみんなわかってたけどねーー!みたいな感じじゃないですか?あれ?違います?
そして今回の映画も割とその王道を踏襲してたように思います。最初はもともとはエリザベットではなく、その妹と結婚するはずのヌヴィル大尉でしたが、こんなことになり、エリザベットが架空の手紙の中で勝手に大尉を殺してしまったので、妹は失意のうちに別の人と結婚、円満な家庭を築いている時にまさかのヌヴィル大尉のご帰還、そこから嘘を嘘でもみ消そうとするエリザベットと、うそは本当にしたら嘘ではなくなると、なかなか強引な理論でもって突き進んでいくヌヴィル大尉が、まさにフレンチ凸凹カップル誕生♡みたいな感じでした。
最終的には誰も予想していなかったであろう、ヌヴィル大尉とエリザベットのゴールイン、そしてその直後にまたデジャヴみたいにヌヴィル大尉は戦争に駆り出され、これまでのことを一緒になんやかんやしてきたエリザベットはそんな夫を優しく、生暖かい目で送り出すという最後でした。
この映画のおかげで、いい意味で、フランス映画へのハードルが下がったので、機会があればこれからもどんどんフランス映画を観ていきたいと思います。
思いのほか良い映画、完成度の高い映画でびっくりしました(超褒めてる)
マジでなんかごめんなさいって佐藤勝利に言いたくなるくらいに、良い映画でした。
いやね、私がこの映画を観に行った1番の理由っていうか、唯一の理由はその佐藤勝利の美しい顔面、自担の大仕事を大画面で観るためですよ。それ以上でもそれ以下でもないですよ。まだまだ彼は若手なので、正直映画のクオリティーとかは求めていなくて、経験を積むためにこの作品を通るみたいな感じなのかなと思っていました。
そ・れ・が。
私の想像の何倍も社会派で、何倍も濃い映画でした。
ちょっと濃すぎて、ここで内容を一から十まで説明するのははばかられる&めんどくさい(本音)ので、私が特に覚えていること、印象に残ったことだけをかいつまませてください。
①恋をさせるなら佐藤勝利
みなさん、この名コピーに見覚え、聞き覚えはありますか。
TVガイドpersonの「恋をするなら坂本昌行」
もう何もコメントできないほどのパワーワード、坂本昌行担に雑誌を買わせるのに、これほど適したコピーはあるかというほどのコピーですよね。
そして今回はほぼそのコピーの踏襲で、「恋をさせるなら佐藤勝利」を唱えさせていただくのがこの私です。
映画の中で佐藤勝利演じる創楽が、モトーラ世理奈ちゃん演じる希央に恋をするというシーンがあるんですけど、希央に見惚れる、明らかに恋してるやんっていう佐藤勝利の表情がもう最高でしたね。
希央は地毛が茶髪で、でもとある事情から地毛証明書を出せないので、ずっと学校の先生に「地毛が茶髪とかいう言い訳はやめて、早く黒に染めろ」と言われ続けるという理不尽な扱いを受けていて、今回の映画ではその希央の髪の色が結構重要な要素になるんですね。
創楽は希央の髪がきれいみたいな感じで希央を好きになるので、ここでは希央の髪がめっちゃクローズアップされるんですけど、もうこのシーンだけシャンプーのCMかと思いました、モトーラ世理奈ちゃんくらいの年齢の子向けのシャンプーなんだけど、佐藤勝利がそのシャンプーを使っていてきれいな髪をしているモトーラ世理奈ちゃんに惚れるみたいな。そんな甘酸っぱさ全開のCM観てんのかと思いました。マジでメリットピュアンとかとコラボしていてもなんら不思議を感じない、むしろコラボしていないほうが違和感。そしたら勝利担がこぞってメリットピュアンを買いだすと思うよ。
私もさほどメリットピュアン好きじゃないけど、この時ばかりは買ってしまうと思う(ちょろい)
②俳優・佐藤勝利ナメてた
私、佐藤勝利のことは好きなんですけど、どこが好きかと聞かれたらやっぱりそれは1にも2にもそのお顔なんですよね。今年の5月にセクゾのライブに行ってようやくその国宝的顔面の美しさにひれ伏したので、やっぱり私は彼の顔が好きなんですよ。
なので(?)、私はそこまで彼の演技力に注目していません。彼の露出が増えることがうれしいですけど、そこまで彼の演技を重要視していません。
で・す・が…。
今回の「ブラック校則」で、佐藤勝利はもしかしたらやべぇ演技力の持ち主なんじゃないか、それをこれからはどんどん磨いていくべきじゃないかと思いました。
なんといってもそれを一番感じたのは、映画の最後の最後の創楽自作の歌を歌うシーンですね。創楽ははっきり言えばヘタレキャラで、希央の髪のことをどうにかしてあげたい、この学校のおかしな校則を変えたいと思っているものの、先生たちに歯向かうことができない、自分が声を上げて行動することができないという感じなんですね。私が一番創楽に腹が立ったのは、希央が先生たちの理不尽な扱いにもめげずにせっかく学校に来たのに、やっぱり髪のことで帰れ、お前はもう退学だと言われてしまっていた時に、何も言い返せなかったシーンですね。先生に何か意見しようとして立ち上がるも、結局何も言えずに、希央は「自分を助けてくれる」といったのに、結局何もできない創楽に失望してしまうみたいな。
私もこの時の創楽にはめちゃくちゃ腹が立ったんですよ。マジでこいつヘタレヘタレだとは思っていたが、ここでも黙ったまんまかよ!?みたいな。
なので基本的に創楽のキャラクターは好きではなかったんですけど、最後の歌のシーンはなんかぐっとくるものを感じました。いや、お世辞にも決して名曲ではなかったですけど、佐藤勝利としてではなく、創楽の心の底からの叫びというものを感じた気がしました。
ということは。
佐藤勝利の顔面モンペの私をイライラさせるくらいに創楽という役を演じきった佐藤勝利=実はすごい演技してた…?
という仮説が成り立ってもおかしくないわけです。
私は今回の作品以外でほぼ彼の演技を観たことがないのであくまでも仮説ですし、今回の作品は脚本が面白く、それが私にハマったというのもあるかもしれませんが、アイドルとしての佐藤勝利だけでなく、俳優・佐藤勝利にも注目していきたいと思いました。全然彼、お砂糖じゃなかった(??)
③悪役やらせたら星野英利
またしても「恋をするなら坂本昌行」にオマージュされましたが、今回の映画で学校を実質牛耳ってた体育教師を演じた星野英利、通称ほっしゃん。はマジで悪役やらせたら最高だな、右にできるものはいないんじゃないか、これ、助演男優賞だなと思うくらいに悪役っぷりがすごくって最高でした。
一言で言って、シンプルに暴力教師でしたね。
今の時代、教育現場での体罰がすごく糾弾されるからこそ、こんな教師が実際にいたら一発免職だろと思うくらいに清々しいほどに暴力教師でしたね。
暴言・暴力なんかは当たり前、時には学校の権力とか見栄を守るためには、生徒にすごんででも自主退学を迫る。同僚教師にすら上下関係を明らかにちらつかせて、協力して仕事をしようという気がまるでない。
まぁほかにもいろいろと笑っちゃうくらいに暴力教師っぷりが光る場面はたくさんあったんですけど、もうほっしゃん。のキャラが一貫しすぎてぶれないのでなんかもう麻痺して忘れました。
マジであんな教師には実際には会いたくなんかないけど、この映画の問題の闇深さを際立たせるためには、彼のようなキャラクターがいることも大事だなと思いました。
この「ブラック校則」は映画、深夜枠ドラマ、Huluという3つのコンテンツで同時に動く大型プロジェクトであり、そんなプロジェクトの主演を任されたからこそ、佐藤勝利はめちゃくちゃうれしかったんですけど、いいのか悪いのか私の住んでいる地域は明らかに関東よりも遅れてドラマを放送してるんですよねぇ…。
映画を見終わり、意外とこの一連の作品面白いかもと思ったので、これからはドラマのほうをしっかり追いたいと思います!(謎の宣言)
【公式】『ビリーブ 未来への大逆転』3.22(金)公開/特報
やっと観れた。わざわざ観に来てよかった。私がこの映画に直感的に惹かれたのは間違いじゃなかったんだ。
そう思うくらいに、観ることができてよかったと思えた映画でした。
私はこの映画の主人公・ルース・ベイダー・ギンズバーグのドキュメンタリー作品のほうをすでに観ていて、
そちらもよかったんですけど、やっぱり私はドキュメンタリーよりもフィクションのほうが好きなので、これが観たいけど、近くの映画館でやっていない、せっかく遠出する機会があってもタイミングよく観られない、結局公開時期逃すというのがとても悔しかったです。
ですが映画の中でルースが言っていたように(?)あきらめなければ夢はかなうんですよ、近くのミニシアターでやってくれました(歓喜)
もう喜び勇んで観に行きますよね。
まぁ話はすでに観ていたドキュメンタリー映画のほうで伝えられたように、女性の社会進出、特に法曹界における女性の社会進出とそれを阻むものの多さ、そしてそれを阻むものの大きなもの1つが男性であるということみたいな感じでした。ルースはめっちゃくちゃ勉強してハーバードの法科大学院まで行ったのに、男女関係なくクラスでトップの成績をとるくらいだったのに、女性の弁護士は求めていない、雇用しないといわれ、まったく弁護士として活動ができなかったんですね。ましてや、ハーバードの法科大学院の偉い人は「女性がハーバードの法科大学院に入学できるだけでも、学べるだけでも感謝すべき」みたいなことを言ってて、さらにルースは頭にくるみたいな。
そんな中でも学生結婚をして、同じく法曹界での活躍を夢見る夫のマーティンだけは、男尊女卑が当たり前の世の中であっても、彼女の活躍をずっと応援してくれていて、私もマジでマーティンみたいな旦那が欲しいとしか思わない2時間でした。
主演のフェリシティ・ジョーンズの顔がかわいい(唐突)
きっと世間一般的にみて美人だとか、だれもが認める美人という感じのお顔ではないんですけど、とても愛らしい顔をしていて、もうそのお顔だけで彼女のしぐさがすべてキュートに見える。決してそれを狙って観に行ったわけじゃないけど、この映画がめちゃくちゃ面白かった&フェリシティ・ジョーンズという女優を知ったという一石二鳥みたいな経験をしました。
そ・し・て。
夫のマーティン役のアーミー・ハマーもとてもよかった。とてもかっこよかった。
彼にはすでに「君の名前で僕を呼んで」で出会ってるんですけど、
あの時から相変わらずお顔はイケメンではありますが、あの時は役柄がクズのクズで、今回はめっちゃくちゃ推せるキャラクターだったので、その落差もあってアーミー・ハマー様最高でした。
こんなにも終わってほしくない、まだずっと上映時間続いてくれと、良い意味で(?)終始時計を気にしながら観た映画は初めてだったと思うし、映画館を出る時はなんだか自分の背筋を伸ばされた思いになった映画でした。
めっちゃくちゃおもしろかった!!
インド映画最高!
と、初めてのインド映画がこの映画でよかった、これから出会うインド映画に期待しか抱かせない役割を担ってくれた一本でした。
もう、観る前から設定の時点で大勝利決定。
「ホントは目が見えるのに目が見えないふりをしたピアニストが、うっかり殺人現場の目撃者になっちゃって、その犯人にホントに目を潰される!?」
ハイ、勝った。
この設定で面白くならないはずがない。
お話自体は私が思ってた以上に伏線が至るところに張り巡らされていて、そしてそれを余すことなく、最後までに見事に回収してくれました。気持ちよかった。
もう面白いところ、語りたいところがありすぎなのですが、私がこの映画を通して一番今印象に残っていることとしては、主役のアーシュマーは目を潰されるほど悪いことをしたのか?ということです。
先程もお話したように、アーシュマーはホントは目が見えるけれど目が見えないふりをしてピアニストをしてるんですね。私は当初、彼がそんなことをする目的として、盲目のピアニストになることで世間から注目を浴びたいとか自分の実力以上の評価を得たいみたいなことかと思ったんですけど、アーシュマーいわく、五感の一つである視覚を封じることでより芸術に集中できる、感覚が研ぎ澄まされるんじゃないかと思ったとのことでした。……意外と真面目やん(?)
そしてそんなアーシュマーは金持ちの旦那に雇われ、金持ちの家にピアノを演奏しに行くわけですが、そこで奥さんと不倫相手による旦那への殺人事件を目撃するわけですよね。でも奥さんたちはこの時点ではアーシュマーが目が見えていないと思っているので必死に誤魔化そうとするし、アーシュマーもとりあえずそこから生きて帰りたいので気づかないふりをする。
やっとの思いでその家から出て、その足で警察署に行って事件のあらましを話そうとしたら、その警察署の署長が犯人の一人である不倫相手でとたんに何も言えなくなるというやつです。犯人が警察のお偉いさんで、主人公が事件を告発したくてもできないという、もはやお約束の展開が最高でした。
そこからアーシュマーは実は目が見えているんじゃないか、もしかしたら自分たちの犯行を見られたんじゃないかということで、犯人である奥さんと不倫相手に命を狙われる展開になるのですが、ここで議題の提示です。
アーシュマーは目を潰されなければならないほど、悪いことをしたのでしょうか?
たしかに彼が意図せずに、盲目のピアニストを装ったことで傷つけてしまった人はいるかもしれませんが、むしろアーシュマーも被害者と言っても過言ではないのではないでしょうか?これはもう、朝まで生テレビ!しましょう。
そしてアーシュマーに殺人事件のあらましを見られてしまったことで、さらに殺人を重ね、挙げ句の果てにはアーシュマーの目を潰そうとする極悪非道な金持ちの奥さんとその不倫相手ですが、まず不倫相手で警察署の署長さんのお顔が、私がイメージするインド人って感じのお顔してて最高でした。別にそれ以上でもそれ以下でもないんですけど、私はあの人はあのお顔でこの映画に出てくれたことで全て勝ちだと思いました。余談ですが、私が以前バイトしてたインド料理屋さんのインド人シェフにすごく似ている。
そして奥さんと不倫相手は揃いも揃って極悪非道。自分の保身に走ることこの上ない。不倫相手はほんとに警察官なのかようそだろ。
まぁ最後には悪い人たちには、みんなそれぞれあっぱれと言うべき天罰が下っていたので、まぁ許しましょう(偉そう)
で、最後の最後にはこれぞブラックコメディ!みたいな終わり方してて、観客が好きな、観客の解釈に委ねる的な終わり方してて最高でした。席を立たずに最後まで映画を観たから、映画の中の登場人物ではなくて、観客としてスクリーンの向こう側にいて、彼の行動をすべて観てきた私達だから教えてもらえたみたいなラストだったと思います。
今回の映画でインド映画に対する期待値が爆上がりしたので、機会があれば有名どころの「バーフバリ」とかインド映画定番の?突如ダンスが始まるような映画も観てみたい!
映画『決算!忠臣蔵』幕間予告90秒 11月22日(金)全国ロードショー
私が予想してた展開とは違いましたけど、でもこれはこれなりにおもしろかったです(偉そう)
この作品は、有名な歴史上の事件(であろう)「忠臣蔵」を、その財政面から観てみよう!みたいなコンセプトでした(雑)
てかそもそも実際には忠臣蔵じゃなくて「赤穂事件」と言うらしいですね……、この赤穂事件を映画?なんかで扱う時に忠臣蔵と言うらしいです(初知り)
まぁめんどくさいし、このブログでは忠臣蔵で統一していきたいと思います。
てかこの映画観といてなんなんですけど、私、この映画でもって初めて忠臣蔵とはなんぞや……ということを知りました……。
私がこれまでなんとなく知っていた、ふわっとした知識での忠臣蔵は、藩主の仇を、その藩の家臣である侍たちがとってみせるというなんとも義理人情みたいな、お涙頂戴みたいな話かと思ってて、まぁ実際そうなんだと思いますけど、財政面から紐解いてみたら、この映画の演出、脚本もあると思いますけど、割とコメディでした。なので忠臣蔵初心者は、ライトに観られるのでオススメです(初めて忠臣蔵の映画観た奴が言う)
話は、そもそも忠臣蔵が起きるきっかけとなった、藩主の切腹事件から始まるんですけど、藩主の浅野内匠頭(阿部サダヲ)、そりゃさ自分は賄賂がやり取りされる政治は嫌いだという心がけは結構なことだし、政治家として素晴らしいんだけどさ、どうにも吉良上野介の賄賂が気に入らなかったからっつって、江戸城でいきなり斬りつけたらだめじゃん……、そりゃ徳川綱吉も激おこっつってお取り潰しするわ……。あんたはそれで切腹させられて死ぬからいいけど、家臣は路頭に迷うんだかんね……、そのへんの「先々のこと」まで考えなさいよ……。
そしてそのせいで藩がおとりつぶしになり、藩内では再興を目指すか、籠城して吉良上野介への処罰を求めるかに割れて、結局はとりま城を幕府に明け渡して、浅野内匠頭の弟の浅野大学を筆頭にして再興を目指すんですけど、そこからまぁ金遣いが荒い荒い。
これも初めて知ったけど、多分いわゆる侍は「役方」といい、藩の経営を任されている役目の侍は「番方」と言うらしいですね。この映画では堤真一氏が役方の侍で、岡村隆史氏が番方の侍でした。
番方たちが一生懸命やりくりして貯めてきた藩の貯金約一億円ですが、役方たちはその大変さがわからないから、まるで湯水のように使う。番方たちが「先々のことまで考えてちゃんと使え!」と言っても役方たちはどこ吹く風で「番方たちがまたどうにかするやろ」とか「どうにかなるわ」くらいにしか考えていない。
もうね、私はそんな堤真一氏に脳天チョップを食らわしたいと同時に、なんだか自分にもセルフ脳天チョップしたい気分でした。
私は堤真一氏演じた大石内蔵助ほどお金の大切さがわかってないとは思わないけど、でもやっぱりお金使うのって気持ちいいし、自分でもバイトしてるとはいえ、学生の身分で贅沢してるところもあるかなと思わないこともないです。てかまさに、この春進学予定の大学院の入学手続きしてたら、改めて新生活って金がかかる、勉強するって金がかかんだな、こりゃ勉強したおすしかないなと気持ちを新たにしたところでした(何の話)
そしてまさか映画の後半に差し掛かったあたりで、ダブル主演?の一人の岡村隆史氏が死ぬんですよ。そんな決まりはないけど、まさかダブル主演のうちの一人が死ぬとは思ってなかった。
しかも死に方として、堤真一氏演じる大石内蔵助の代わりに間違って殺されたので、大石内蔵助はシンプルにショック&自分のせいで死んでしまった感がすごい。
そして、それまで何度も何度も岡村隆史氏に「あんたは金の遣い方をわかってない」と散々言われてもその金遣いのゆるさが直らなかった堤真一氏ですが、岡村隆史氏が死んでしまったことで、ここでようやく自分の金遣いを見直す。てか自分の金じゃなくて、藩の金、浅野内匠頭の妻である石原さとみ氏の金ですけどね。
そして奇しくも、ここでようやく忠臣蔵の計画をちゃんと立て始めるからもう金がかさんで仕方ない。忠臣蔵やろうとかいう連中は役方ばっかりだから、番方の大変さや金の貴重さというものをてんで知らないので、バンバン絶対に必要ではないかもしれない経費を湯水のように計上する。もう番方や改心した大石内蔵助は予算のかさみ具合に目が回り、頭が沸騰する勢い。
そしてここでマジでありがとうだったのが、討ち入り決行の日が当初の予定より3ヶ月早まったこと。これで、経費で計上されるはずだった忠臣蔵メンバーたちの生活費が3ヶ月分浮くので、大石内蔵助はじめ、番方たちは万々歳……。
忠臣蔵のお金事情を扱った作品ということで、最後の忠臣蔵のシーンはめっちゃさらっと流されましたが、たしかにそこは今回の映画では本筋ではなかったので、あのさらっとした忠臣蔵でよかったと思います。
最後に気になったことを雑に何個かまとめていくと、
①千葉雄大の使い方の贅沢さよ
あざとい男子の祖とも言うべき、千葉雄大大先生ですが、冒頭も冒頭で浅野内匠頭が切腹させられるシーンを見守る侍①みたいな感じで出てきたんですよ。
以上です。
え?千葉雄大先生の使い方が贅沢すぎんか?千葉雄大先生一瞬じゃなかったか?気づかん人がいてもおかしくないぞ??
マジで千葉雄大先生はその後も何らかの役で出てくることを信じて疑ってなかったので、あの使い方の贅沢さにはビビりましたね。
②横山裕かっこよすぎ最高
なんか急に語彙力を失ったみたいな感じになりましたけど、演技してる横山裕めっちゃかっこよかった……。
彼は浅野内匠頭の家臣の侍の一人だったわけですけど、浅野内匠頭の生前、その粗暴さによって?藩を追い出されていたっぽいんですね。でも浅野内匠頭が亡くなってしまい、やっぱり恩義があるから俺も忠臣蔵したい!と舞い戻ってきたというやつです。
役方には珍しく?番方の事情も汲み取って、忠臣蔵をしようとするので、観てるこっち側からはめっちゃかっこよく見えるんですけど、スクリーンの中では割と一匹狼でした。それもかっこいい、もう何でもかっこいい。
私、失礼ながら、彼の本業の関ジャニ∞では、彼のことをそこまでかっこいいと思っていなかったんですけど、なんなん横山裕めっちゃかっこいいやんけ…。私の本業である(本業ではない)ジャニオタワークにおいても、もっと横山裕にアンテナ張っていこうと思いました。
③鈴木福大先生が成長してる
堤真一氏演じる大石内蔵助の長男として、なんともさらっとご登場くださった鈴木福大先生ですが、私がちょっと目を離したすきに、なんかめっちゃ成長してるやん…。なんか年頃の男の子になってるやん…。私は鈴木福大先生と同い年の妹がいるのですが、確かに妹にもひっさびさに会うと、なんやめっちゃ体も心も成長してるやんけと思うことがあるので、やっぱり成長期の成長ぶりははんぱねぇなとあらためて思いました。
やっぱりね、中3で義務教育中の今は思うように芸能活動できないのかもしれないけど、きっと高校生になったら活躍の場はぐっと広げられるから!そんな気がするから!(急なステージママ感)
子役はわんさかいてもその全員が大人になっても演技で食っていけるわけではないっぽいですが、「マルモのおきて」で子役ブームを巻き起こし、ともにいま成長して中3となり、いい感じに思春期の男女となっている芦田愛菜氏と鈴木福先生には、どうかこのまま子役ブームをけん引した伝説の子役として、つかず離れずの距離を保って、俳優として頑張ってほしいと思う所存です。
この夏に観て大勝利だった「きみと、波にのれたら」に引き続いて、片寄涼太王子の大勝利案件でした。
今回はさらにそこに橋本環奈嬢が加わり、端的に言って美の暴力って感じでした。
原作は読んだことがあって、1巻目のカバーが可愛くてパケ買い?ジャケ買い?して、それからしばらく追ってたんですけど、今回はそのマンガのキャラクターにとても近い人選だったと思います。少なくともビジュアル面ではマンガの世界観壊れてないと思う。
今回は「芸能人との夢みたいな恋」っていうのがテーマだったので、なんかジャニオタの自分を重ね合わせちゃいましたよね(?)
いや、重ね合わせるっつっても、私が橋本環奈嬢ポジションに収まるってことでは決してないんですけど、片寄涼太王子演じる楓と、橋本環奈嬢演じる日奈々が付き合ってることがスクープされちゃう展開があるんですね。その時に楓も日奈々も世間からめちゃめちゃバッシングを受けるんですよ。楓は「自覚がない」とか「幻滅した」みたいに言われるし、日奈々は日奈々で一般人だけど個人情報特定されてネットに晒されるし。最終的には楓が謝罪会見を開いて「僕の一方的な恋でした。もう彼女と会うことはありません。」っていう、一体誰に対して謝らせられてんの?みたいなことになってしまいます。
……なんかさ……、私は自他ともに認めるジャニオタで、別にジャニーズの恋愛とか結婚とかに反対もしないし攻撃もしないスタンスなんですけど、それでもそんなことがあった日にはそれなりにメンタルやられるし勝手にではありますけど傷つくんですよね。
でも今回は楓・日奈々カップルを見守って応援する立場だったので、いつもは自分がいるかもしれない立場(芸能人の熱愛を叩く人たち)を見るのはなんとも言えない気持ちでした。見守る側、応援する側の気持ちもわかるし、応援できない側の気持ちもわかるのでね……、絶対この映画にはそこまで深いこと考えさせるような意図はなかったと思うけど……。
あと、私がこの映画で発見したのが、ゴードン氏ですよ!かの新田真剣佑氏の弟君であり、たしかにお顔が似てるような、でも彼なりの良さもあるようなという、まぁざっくり言えば原石でしたね。私が言うことではないですが、まだまだ彼の演技には伸びしろがあると思います!思いたい!
ゴードン氏が演じた、日奈々の幼馴染のあーちゃんですが、あーちゃん家はお花屋さんなんですね。時々日奈々もお手伝いに行くんですけど、私はそのことをマンガで読んでたので知ってましたが、映画の中のあーちゃん家のお花屋さんが想像の5億倍はおしゃれ花屋さんでマジビビりました。花屋の店構えではない、むしろ庭園レベルに広そう。絶対花買わないけど、映え狙いで来る女子とかいそう(偏見)
あと、某シーンの片寄涼太王子の服装と、その日の私の服装がほぼほぼペアルックだった案件はどう処理すればいいですか??(どうもしなくてよろしい) 画面越しに片寄涼太王子とペアルックとか、たまたまだったからこそのなんか嬉しさもあるし、たまたまだったからこその気恥ずかしさもあるんですが??
加えて今回さらに大勝利だったのは、「きみと、波にのれたら」の主題歌だったGENERATIONSの「Brand New Story」に引き続いて、主題歌であるGENERATIONSの「One in a Million 奇跡の夜に」でしたね。これは大勝利でしかなかった。
GENERATIONS from EXILE TRIBE / One in a Million -奇跡の夜に- (Music Video)
映画の公開前にMステで観たんですけど、いつものジェネっぽくない?(いつものジェネをしらんけども)、オラオラ系ではない、キラキラ系の曲でした。それだけで楽しかったのに、その時の演出がさ……。最後のサビになったら急に女性ダンサーがメンバーの人数だけ出てきて、ペアダンスかましはじめるんですよ……。
ダンスの振り付けの中にメンバーから女性ダンサーへのバックハグ入れてきたり、最後はキスするような(でも傘で隠してるから肝心なとこが見えない)振り付けも入れてくるしで、誰かがツイッターで言っていた、「嫉妬するけど演出良い」って感じでした。
普段はジャニオタの私も、これはちょっとGENERATIONSに完敗でしたね。これはジャニーズにはできない演出だと思う。ジャニーズが女性ダンサーとペアダンスはまだしも、ペアダンスの中ではバックハグしたりキスするような振り付けなんかあったりした日には、その女性ダンサーは一瞬で特定されて、お仕事なのにめちゃめちゃバッシングくらいそう(ジャニオタを過激に捉えがち)
MVもまさにこの映画のようなストーリー仕立てになってて、この映画のために作られたんだなってことがわかります。
人生に何か役立つような教訓が得られるような映画ではないかもしれないけど(おい)、娯楽として楽しい、キュンキュンできる映画でした!
Wham! - Last Christmas (Official Video)
クリスマス大好き人間として生きている私が、見逃すわけにはいかない映画。むしろこ映画の存在を知っていながらスルーするなんて、私のクリスマス生まれ魂が許さない(?)
という謎のクリスマスにかける、異常なほどの熱量を持って観に行きました。
Wham!のLast Christmasとか往年のクリスマスソングでしかない。クリスマスシーズンになれば絶対どっかで一回は聞いてる曲。
この映画はそのLast Christmasをモチーフにし、実はLast Christmasはハッピーなクリスマスソングではないんだよ、意外と切ない歌なんだよということを改めて世間に認識させるような展開でした。
私はこの映画を観る前から、Wham!のLast Christmasはハッピーなクリスマスソングではないことを知っていたのにもかかわらず、何故かハッピーなクリスマスムービーであることを期待して観に行きました。自分の頭と心が繋がっていない(?) 頭でわかってるけど心がわかってないってこうゆうことかな?(?)
歌手を目指してオーディションと、クリスマスショップでのアルバイトの日々を送るケイト。ケイトはある出来事をきっかけに、日々の行動がおっちょこちょいになりすぎていて、そのせいでバイト先のクリスマスショップの戸締まりを忘れて泥棒に入られ、オーディションにもギリギリ遅刻するし、泊めてもらう友達の家では友達の旦那の大事なコレクションを壊すし、泊めてもらう立場なのに男を連れ込むしみたいな、ちょっと傍目から見ても大丈夫?流石におっちょこちょいでは済まされなくない?みたいな女の子です(設定がハード)
そしてそんなある日にトムという青年に出会うんですが、トムはケイトをただ元気づけるでもなく、冷たく突き放すわけでもなく、どこからともなくケイトの前に現れて、そしてどこへとともなく去っていくみたいな不思議な人で、ケイトは彼のことがわかっているようでわかっていないみたいな、そんな関係性でした(どんな関係性)
ケイトはケイトでトムのことばかりにかまっているわけにもいかず、ケイトのママは大人の娘に対しての扱いとは思えないほどに過保護だし、パパはそんなママに辟易してて、ママが寝てからじゃないと帰ってこないし、お姉ちゃんはケイトが家にかかわらない分、そのしわ寄せが全部私に来てるって言って怒ってるし、なんかこの世の家族の問題をめっちゃ濃縮にしたような家族です(?)
でまぁいろんなことをめっちゃ端折って結論ていうか種明かしをすると、まずケイトがおっちょこちょいになった一つの要因に挙げられるのが、彼女が心臓移植をしたことです。誰の心臓かはわからないけど、その心臓移植以来、自分でも明らかにおっちょこちょいになったと感じる。
そして実はトムは実在していなくて、幽霊的な感じで、ここまで来たらわかりますかね、ケイトが移植された心臓は事故死したトムのものだったんですね。だからなのか、トムはケイトの前に現れて、ケイトが前向きに生きられるように働きかけていたみたいなからくりでした。
……まず、クリスマスショップって何?なにその絶対楽しさしかないお店。そんなん私がケイトに代わってバイトしたいわ!(?)
そして、まぁ確かに映画を観ながら「これはただのハッピークリスマスムービーではないな」ってことを予感しましたけど、まさか主人公が心臓移植してるなんて思わないし、そして運命の人かと思ったトムが実は死んでて、しかもその心臓のおかけで主人公が生きてるなんて思わないじゃん……。ちょっと展開が複雑……、絶対Wham!自身もこんなストーリーであの曲歌ってんじゃないと思うけど……。
あと、トム役のヘンリー・ゴールディング氏は私の大好きな映画「クレイジー・リッチ!」に出てた人だったので、この再会が地味にうれしかったです(?)
なんか私が想像してたよりも何倍もシリアスめなお話に仕上がってましたが、Wham!のLast Christmasの世界観を考えると、こういうシリアスめな切ない展開で納得かなとも思います。
映画の最後の最後にケイトが、決して正式な仕事ではないけど、ケイトが当初望んでいたような仕事ではないけど、歌手として大勢の人の前で今回のテーマソングでもあるWham!のLast Christmasを歌うシーンがあるんですけど、この映画の中でクライマックスにして唯一と言っていいほど、ハッピーなシーンだったと思います。あのシーンだけは何度だって繰り返し観たい。
私はクリスマスソングといえばマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」一択なんですけど、今回はこれを機にWham!の「Last Christmas」も聞きながらクリスマスを迎えたいなって思いました(偉そう)
Mariah Carey - All I Want For Christmas Is You (Official Music Video)
映画『ジュマンジ/ネクスト・レベル』キャストコメント入り予告編
最高かよ。
前回がハチャメチャに楽しかったので、もはやこの続編には期待しかしてなかったけど、最高。
この鑑賞後の高揚感、静かな興奮、これぞ私的にわざわざ金を出してまで映画を観に行きたい理由ですよ(熱量高)
そもそも去年の4月に日本公開された「ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル」もスーパー楽しくて、もしかしたら2018年で一番楽しかった映画と言っても過言ではない勢いで大好きな映画だったんですけど、その続編とかもう観に行くしか選択肢ないじゃん……。もう観る前から楽しいの決定……。
今回の映画は続編ではありますが、前作を観ていなくても十分に話がわかると思います。ところどころ前作から話を引き継いでるみたいなところあるけど、別に聞き逃しても、この映画を楽しむのになんら支障はない。「へー、前作ではそうゆう設定だったのね〜」くらいの受け止めで大丈夫です。
……てか私も、前作がスーパー楽しかったことは覚えてるんですけど、その「スーパー楽しかった」という印象が強過ぎて、肝心の話の中身をいまいち覚えてなかったりしたんでね……(保身)
なので前作出てきてたか覚えてないんですけど、私の中では多分お初にお目にかかった、主人公のスペンサーという大学生のじいちゃんがめっちゃかわいい。じいちゃんはどうやら股関節が悪いらしく、自分の娘でもあるスペンサーのママに今のところ同居させられてんですけど、その生活が窮屈で窮屈で仕方ないっぽいんですよね。早くひとり暮らしの部屋に戻りたくてイライラしてる。ただでさえイライラしてんのに、そこにかつてお店を一緒にやっていたけど、じいちゃんの意向を無視して勝手にお店を閉めてしまったとされる元親友がウン十年ぶりに訪ねてくるからさぁ大変。じいちゃんの機嫌の悪さはとどまるところを知らない。
じいちゃんがわりと強烈なキャラしてるので、そのキャラに隠れがちになってしまいますが、そういえば主人公のスペンサーもそれなりに大学生の悩みを抱えてんですよね。まじでじいちゃんのキャラ強すぎだけど(2回目)
スペンサーは前のジュマンジで、めっちゃ怖い思いしたけどそれで自分が変われた気もしているから、二度とやらない戻らないって決めたけど、再びジュマンジの世界に行ってしまう。
そんなスペンサーを結局放っておけずに、ベサニーたち仲間もゲームの中にいやいやながらも入っていってしまうところが、「なんでやねん」であり「そうこなくっちゃ」でもありますよね。私だったら放っておけないからって散々懲りてるゲームの中に入っていったりしないけど、でも今回はそうしてもらわなきゃ映画が始まらないのでね……。
なんていうか終始、映画を観ているというよりもアトラクションを楽しんでいるような感じで、たとえ危機的状況になったとしても「どーせどうにかなるんでしょ」とたかをくくって安心して観られる反面、それをどうやってどうにかするのかが気になるので、どうにかなるとは思いつつもついつい観ちゃう(ややこしい)
私がこの映画イチびっくりしたのは、最後の方のシーンでスペンサーのじいちゃんの元親友が扮する馬のキャラクターが、実はペガサスで空を飛べて、そのおかげでジュマンジをクリアできてみんな現実世界に戻れるってところですかね。
いや、あのお馬さんに何かのスペックがあるとは知ってたけど、まさか急に羽を広げて空を飛ぶとか思わないじゃん……。私、一人で観てたから良かったものの、びっくりした余りに「エッ」って言っちゃったんだからね……。
こうゆう映画は楽しいので、インディ・ジョーンズみたいにシリーズ化してほしい気もするし、でもシリーズ化して続編にはなればなるほどファンの期待値も上がる一方で制作陣が大変だと思うので、「続編またあればいいなワクワク」というスタンスのファンでいたいなと思います(一方的な宣言)
映画『カツベン!』予告1 2019年12月13日(金)公開!
思った以上にめっちゃ面白かった。
まずこの感想になります。
もともと観るつもりはなかったけど、映画館に行くたびにこの映画の予告編が流れるので単純接触効果で?「そこまで言うなら観ようじゃないの(偉そう)」みたいな気分になって観に行った映画でしたが、これがなかなかどうして面白かったです(再度偉そう)
映画にまだ音がなかった時代、ただ無声の映像に喋りでストーリーを展開させる活動弁士が主役の物語で、活動弁士ってまだ有声映画がなかった時代の苦肉策でしょ、と思ってた私の考えがちょっと変わりました。活動弁士というお仕事は決して苦肉策なんかではなく、むしろ活動弁士だからこその映画の味なんてものも生まれたりするのかなと思いました。
まず映画の冒頭の、主人公とヒロインの幼少時代があまずっぺぇ。小さな恋のうた(?)って感じでいい感じにあまずっぺぇ。お互いその時の将来の夢貫いて活動弁士と女優として再会果たすとかエモいやつやん……。
この映画ではヒール役だった音尾琢真氏がなかなかのクズっぷりで最高でしたね。クズすぎで一周回ってスカッとするわというクズではなく、シンプルに腹立つクズでしたね。
そして「モトカレマニア」での優柔不断なマコチぶりが記憶に新しい高良健吾氏ですが、彼もなかなかにクズでした。
高良健吾氏の役柄としては、自分がその映画館のヒーロー活動弁士(?)ってことを存分に鼻にかけてて、女は抱き散らかすわ、新人にちゃんと嫌味つけるわで、嫌な先輩としてあの時代これ以上やりようがないんじゃないかと思いました。でもヒロインを襲おうとして、主人公が意図せずそれを撃退しちゃったシーンが観てて、スカッとしました。タンスで強姦魔を撃退するなんてことができんだ?
最後は割と観客の大部分が予想してなかった終わり方だったと思いますが、あれもあれでよかったです(何度でも偉そう) 何が良かったって、あまりよくない終わり方だったのに、主人公とヒロインの間で過去の思い出の品を使って、言葉をかわさぬ会話みたいなことをした点ですよね……。めっちゃおしゃれだった……。多分会話してる本人は切なく、「おれたちおしゃれなことしてんな」とか思ってないと思いますけどね……。
?
と思ったでしょう、そこのあなた。
「ここでひつじのショーン??」って思ったでしょう?(しつこい)
私、キャラクターで何が好きかと言われたらまっさきに「ひつじのショーン」と答えるくらいにはひつじのショーンが好きです。
なんだろ、あのただただかわいいひつじってだけじゃないし、ちゃんと一個の話の中にオチがあるところが、もうひつじのショーンの対象年齢過ぎたなって私でも楽しくて観られる理由ですかね。あとシンプルにキャラクターがかわいい。ビッツァーも不憫キャラで基本的にはショーンたちひつじにうまく使われてる感じなんだけど、最終的には友情発揮しちゃってショーンたちの悪ノリに加勢しちゃうところが観てて微笑ましいですね(?)
実はひつじのショーンは過去にも何度か映画化されていて、
映画 ひつじのショーン ~バック・トゥ・ザ・ホーム~(字幕版)- 予告編
映画『ひつじのショーン スペシャル ~いたずらラマがやってきた!~』予告編
観に行きたかったんですけど、悲しいかな、その時の私はバリバリ高校生で、しかも受験生でもあったので観に行けない&実家の近くに映画館がないという映画好きとしては致命的な環境にいたので、今までの劇場版は観に行けずじまいでした。
今回は○年越しの劇場版だし、しかも近くに映画館があるし!ということで喜び勇んで観に行きました。
なんだろね(?)、ひつじのショーンは基本的には言葉を発さない、画面だけで観客にその状況を察させるタイプのアニメなので(?)、今回もいつもどおりに登場人物は全員言葉にならない言葉を発してて全く話の展開は読めなかったんですけど、キャラクターの表情とか動きとかで割と話の流れがわかっちゃうので、全然楽しめます。むしろ言葉にならない言葉が、勝手に意味を持った言葉に聞こえてきちゃう(やばい)
今回の映画はショーンと宇宙人の交流を通して友情を描くって感じだったんですけど、私としては最後にヒール役を撃退する時の、アルファベットの看板を使うオチが最高でした。多分、実際の対象年齢の子どもにこのシュールさ?面白さ?が理解できるのかな?どうなんだろうな?とか思うところはありますが、とりあえず私はめっちゃ楽しかったです。一人で静かにニヤけてました(あぶない)
最後はヒール役もヒールなんだけど悪くない感じに回収されてたし、またショーンたちにも平和ないつものイタズラな日常が戻ってきてたので、私がいつか親になったら、子どもにユーモアを学ばせつつ、平和に観せられるアニメとして結構筆頭株なんじゃないかなと思いました(実際子どもがショーンみたいなイタズラやったらブチ切れるけど)
ちょっと、いやだいぶタイトルにパンチ効いてません?
これ、チケット売り場のお姉さんに言いにくいタイトルだよ?と思ったのですが、この映画を観に行った映画館は機械で自動発券するタイプだったのでセーフでした(?)
ただのビッチではなく、隠れビッチ。
一見見た目は清楚だし、別に変な色仕掛けもしないけど、確実に男が堕ちるように迫り、そしていざ男が告ってきたら相手を傷つけないように振る。それが隠れビッチです(定義)
最初は主人公・ひろみの隠れビッチっぷりがマジで冴え渡ってて、それが目的じゃなかったけど、こうゆうのが男性ウケなんだ、じゃあ私は確実に自分ウケしかしてないなとか学んで一人で落ち込んだり(?)、てかひろみかわいい、私が付き合いたいわ、告ってもどうせ振られるってことがわかっててもそれでもあんなに絶妙に迫られてぇわとかも思ったり(?)しました。
ひろみは隠れビッチをして、あらゆる男を手玉に取る反面、実はそうすることでしか自分に自身が持てなくて、そうすることでしか自分の存在意義を見いだせないんですよね。
それは確実に幼少時代に、ひろみの父親がクズのDV野郎だったってのが関係してるんですけど、だからこそ(?)一回本命の彼氏ができたらその彼への依存度がやばい。ちょっと彼がお使い忘れて帰宅しただけで手が出るし、「私がお使い頼んだのに忘れた=私のことを愛してない」という思考になるので、ますます彼に当たり散らす。もう明らかに幼少時代のひろみが受けたDVの影響が影を落としすぎ、改めてDVダメゼッタイ、って思いました。
最終的には少し彼と距離をおいて自分を見つめ直したことで、自分の弱いところを認めることができ、彼とも適切な距離で付き合えるようになりました。そんなひろみが映画の最後で「人生で一番大事なことは、自分の弱さを認めることだと思う」みたいなことを言ってて、よく聞くセリフかも知んないけど、ここに至るまで相当葛藤したり回り道したりしたひろみの歩みを知ってるので、言葉の深みがちげぇなって思いました。
そして最後にそんなひろみの人生訓を静かに味わってる私に、主題歌「さよなら、涙目」が染みる。
Kitri 配信限定シングル「さよなら、涙目」好評配信中![official]
決して派手な曲ではないけど、2時間の映画を振り返りながら、曲も味わえるというなかなか刺さる曲でした。あと、シンプルに私の好みの歌声。
好みと言えば(?)、主演の佐久間由衣氏が非常によくショートカットが似合っていて、私個人的に非常に眼福でしたね。私はショートカットの似合う女の子が好きです(突然の告白) そして私もショートカットが似合うようになりたい(本音)
「隠れビッチ、やってました。」というなかなかパンチのあるタイトルの映画からは、こんなに色々考えさせられる、でも観てよかったと思える映画だとは思いませんでした(めっちゃ褒めてる)
……そういえば。エンドロールも終わった最後の最後で、過去の男からひっさびさにひろみに連絡があったんですけど、なんとも絶妙に、ひろみを隠れビッチに引き戻しそうな悪魔の囁きでした。その悪魔の囁きを受け取ったひろみがどういう行動を取るのかは観客それぞれに委ねられるみたいな終わり方してたんですけど、もしあれでひろみが隠れビッチに戻ってたら、ここまでの映画の説得力がまるでなくなるなと思いました。
というわけで!今年の映画ライフ(?)は無事に納めました〜〜!
ちゃんと、めっちゃ映画観たなという自覚はあるんですが(?)、きっと大学生の今しかこんなことはできないと思うし、それを免罪符にこれからもガンガン映画観ていきます!(強気)
来年も楽しい楽しい映画館通いができますように!