4/26、私はみずほPayPayドーム福岡にいた。
私にとって2回目の嵐のライブ、そして活動終了前最後の嵐のライブを見るためだ。
私は普段、嵐に限らず、ライブの当落にはそこまで深く落ち込まないタイプだと思っていて、当選したらもちろん嬉しいし、落選しても「落選か…しょうがない!」と割とすぐに忘れるというか切り替えられるところがあると思う。
でもこの嵐のライブは落選しても、次がない。
もちろん後にDVD化されれば見ることはできるけれど、その場に行くことができるのはこのツアーしかない。
私は当落の日、平日だったのでもちろん仕事だったけれど、朝から祈るような気持ちで過ごしていた。
バタバタと1日を終え、そろそろ当落のメールが来ただろう夕方、そわそわが止まらなかったし、メールボックスにそのメールの件名を発見してからも、それを開いたらすべてが決まってしまうからなかなか開けずにいた。
もう定時は過ぎているから職場で見てもいいのだけど、職場で見たほうがいいのか、それとも家に帰って見たほうがいいのかわからなかった。
意を決して職場で見た時、そして「おめでとうございます!第二希望で当選です!」の文字を見た時、思わず息をのんだ。私はいつも1人参戦なので割と当たりやすいと思うのだけど、それでも絶対ではない。しかも嵐のファンクラブは、一定程度失効している会員がいるとはいえ、そもそも母数がとんでもない数だから、当たらない可能性も全然あった。しかも私は今まで当選してきたライブはすべて第一希望だったので、ここで初めて第三希望まで入力する必要性を感じた。
新年度が始まり、バタバタとした1ヶ月。仕事のゴタゴタでしばらくの間はメンタルがやられるだろうとは思っていたけれど、とりあえずはこれを希望に頑張ろう、なんてたまたま職場で別にいた当選者と互いに励ましあった。
そして降り立った当日の福岡、博多でも天神でも、明らかに嵐のライブに来たんだろうなという人をたくさん見かけたし、街全体が嵐のライブの空気に包まれていた。「それはこじつけでは??」というお店の宣伝、広告もいっぱいあったし(辛辣)
・100000000倍
私は正直、嵐が戻って挨拶ができるだけでも良いからと思っていた時期があったので、ライブはそんなに踊らないのではないか、かの有名なKinKi Kids(現 DOMOTO)のライブのように、MCを聞くのがメインのようなライブでも構わないと思っていた(褒めてる)(MCを聞くのが結構好きな人間)
嵐、私が思ってた100000000倍踊って歌ってた。
本当に私が知ってる嵐がそこにいて、
「え?先週、もしかして新曲のリリースで歌番組出てた?」くらいのブランクを微塵も感じさせなかった。
マジでびっくりして、双眼鏡の向こうが信じられなかった。嵐、マジで普通に(矛盾)、イケメン。
特に5年ほど表舞台に出ていなかった大野氏は、自分でも自虐的にビジュアルがかなり変わっていた時期があると言っていたけれど、本当に信じられなかった。あの年齢で体重をもとに戻したり、不自然ではない若さを保てたりするのは、選ばれし人間なのかなというか、ある意味それも彼の努力であり、才能なのかもしれないと感じた。
・初めて泣いた
私は普段、ライブでは恥ずかしさが勝ってしまってC&Rに応じられなかったり、「踊って!」というメンバーからの煽りに応えられなかったりするけれど、今回はいつもの自分を超えて、気づいたら歌ってる私がいたり、手振りをしたりしている私がいた。「これを逃したらもう次はない」というのがいろんな場面で私の恥ずかしさを超えさせてくれたと思う。
そして、嵐が私の知ってたままの嵐だと感じる度、そしてこれが最後だと随所で感じる度に涙がこらえられなかった。自分でそういう自分の気持ちを盛り上げていると言われればそうなんだけど、あそこで人目を気にせず、嵐への気持ちを再確認できてよかった。
・私たち、良かったね
私は今回着席ブロックで、しかも多分野球を見る時だと追加料金を払うんだろうなという良席だった(座り心地の良い席+近い)
隣に私の母かな?くらいの年齢の女性が多分1人でいらっしゃっていたけど、私が少し心配になるくらい、嵐の姿を見て泣き、踊り、歌っていた。
私は心配になりながらも心の中で「そうだよね、だってこれが最後だもんね。それにこれまで長く会えてなかったもんね」と、誰?というようなポジションでその女性と肩を組んでいた(※心の中で)
そして多分、会場の中はそんな嵐ファンで埋め尽くされていたと思う。
嵐もそんなファンの気持ちをわかっていて、これまでの感謝を伝えるけれども湿っぽくならないようにという意識、気遣いがすごく伝わってきた。
1ミリも疑ってないけど、本当に不仲で別れるんではないし、これからも青春時代をともにした、得難い友人であり続けるんだろうなと思えた。ファンの勝手な願いだけど、それが少なくとも私が見たい嵐だった。
嵐が活動休日してからの5年間、嵐がグループとして日常にいないことにも慣れてきているし、今後はそれが期間限定ではなく、当たり前になっていく。この間に嵐に加えて別の推しもいっぱいできたし、これからはそれに支えられて日々を生きていくと思う。
でも私にとって初めての推しと聞かれたら、それは紛れもなく嵐で、これから誰を何を推そうと絶対に変わらない。
嵐だからこそできたこともあっただろう反面、嵐だからこそできないこともあったと思う。
それでも26年半という、途方もない期間、きっと多くのグループが続けられない期間、嵐でいてくれたことには勝手に感謝してもし尽くせない。
嵐に出会えて良かったです、ありがとう!